2018年1月5日金曜日

一昨年亡くなった兄。
一人暮らしだったので、今、私が空き家の管理をしている。
兄は障害者で年金生活者だったので、NHKの受信料の減免措置を受けていたようだ。
兄は地方で、実家に籍を置くがほとんど病院暮らしだった。母親も高齢で減免措置ををとっていた。母親も亡くなり、ほぼ空き家状態ではあったが、時々私が帰省した時兄を実家に連れ帰り宿泊させていた。
兄の死亡後も、請求らしきものがあったら、即払うために、私は半年に一回は帰っていたが、減免措置が有効でNHK受信料の請求は届かなかった。それが昨年9月に切れたらしく、空き家に請求書が届いているのをこの度発見した。

年明け4日に電話連絡したところ、払えという。
NHKに対する死亡届が出されていないため支払いを求める内容。

死んだ人がどうやって見るの?と思いながら、お断りします。ときっぱりいう。

私は東京で暮らし、世帯を構え、NHK受信料は払っている。

死んだ人間の生前の債務ならわからないでもないが、死んだ後に見ることができない放送の受信料を払うのには激しい違和感がある。

とりあえず停止の手続きは行ったが、9月から12月の請求は存在するから払え、払わなくてもその請求は残る、とこれまた違和感のあることを言われた。
コールセンターの方が、手続きを進めること自体は仕事の性質上仕方のないことだと思いう。その支払いのルールに違和感を感じるのだから、全責任を持って話せる担当者から連絡を受けたい、説明責任はあるでしょうと話したところ、連絡をしてくれることになった。

後日担当者のk◯m◯d◯さんから連絡があり。
支払う必要なしとのことで、その電話を持って全手続きは完了する、今後間違えて再請求が行ったら破棄してほしいとのことだった。

もう一度、経緯を説明。
兄は実家に住むが、ほとんど病院暮らしで、減免措置を受けていたこと。昨年亡くなっており、今は空き家状態で、一年に1から2回程度帰って管理をしていること。家は空き家だが、家の前の庭は、駐車場として近所に貸していること。
死んだ人の視聴または受信は不可能な状態なのに、請求が行われることに違和感があること。
これを話し、請求がなくなるということを再確認。
別に居を構えて世帯が一緒でないところが考慮されたようで、世帯が一緒なら払うことになるようだ。もちろん私はその中でNHK受信料わ払っている。











2011年9月25日日曜日

末期がんケアマニュアル目次

末期がんケアマニュアル目次:

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姉へ

母からの感謝のメッセージを伝えた。

日替わりだから・・・・意外に冷静な反応だった。


それは僕自身が、この二月感じたこと、その場の発言は次の日かわっているかもしれない。

姉からは、僕の腰の心配をしてくれていた。

そして腰が悪いようであれば、ひとみが連れてくると・・。


姉の心のなかでは、連れてくる方針のようだ。


先生方との飲み会を語った。

皆が抗癌剤治療には反対。特に高齢者では延命したという実績はない。抗癌剤は毒。苦しみがあるので、高齢者への負担は大きい。でも、最終的には個人の差でもあるようだ。

今後は復水の処理が問題になる。
患者が苦しいが、タンパク質などの栄養素も入っているので、簡単に抜くわけにもいかない。だが、患者にとってはかなりの苦痛だ。

抜くまで、その苦痛のあえぎにずっと付き合わなければならない。心がまいっていしまう。


だから、直感的に、だいすけ君をそれにさらすのはよくないと考えた。


僕と住むと伝えた。僕は夜遅くしか帰らない。だから、その患者との苦しみに直面するのはごく限られた時間だ。


みどりからは、入れる病院をさいたまに限らず、こちらのほうも含めて探すんだといってた。

確かに母は、今在宅で生きていく気持ちは無い。病院を望んでいる。
入院させてくれない昨今の事情を考えると非常にチャンスは乏しいように見える。

一応新座志木中央創業病院はみつけてあるのだが・・・。


どのような病院なのか把握していていない。また、方言で日中煩わしい思いをしないか心配だ。また、現実そこまでいけるのは、週末のみ。


ひとみに連絡した。
みどりはつれてくるつもりで話、豊田さんにもその手配をお願いしているはずだという。


豊田さんは、在宅介護を推進する人としての意見を言う。一方、ぼくらは、確かに人としてできればいい最大限のことしかできない。

受け入れがうまく行かなかった場合の心配もある。

なにか、みどりと豊田さんは共鳴している。

一方、みどりは、豊田さんと玉翠会内部の看護師の間の溝にも気づいている。

















2011年9月24日土曜日

母から

みどりがこないと苦情。


みどりは昨日の朝帰ったよと伝える。


心配していたといったのに、そのあとでは、今回来てくれたことに感謝しているといっていた。わざわざ来てくれてありがたいと。そして、とくにゆうちゃんをつれてきたことについて、これは、みどりにしかできないといっていた。

伝えて欲しいということだった。


ここのところ、生きる意欲がでてきているとのことだった。もう自分は1月の命だと思って過ごしてきたということだった。でも、ここでいきるいよくがでてきているという。

送ったきのこサプリは飲んでいるかときいた。

しいたけものは気に入ったらしい。毎日一袋飲んでいる。アガリクスは吐き気がしたのであまり飲んでいないようだ。ま、2-3日に1本くらいですすめている。

なにが効を奏したかわからないが、考えられるのは、姉が帰ったこと、佑ちゃんとあったこと、きのこサプリ、花、電話での応答、玉水会病院・・・などか?


抗癌剤治療はもういいか?との問には、その苦しさをかなりはっきりわかっているようだった。吐き気、食欲不振など・・・・。


先日の先生方との話は説明した。やはり苦しいらしい。

一方で、入院しながら試すということには、少し関心もあるようだ。

こちらに来ることについては、入院が前提だということのようだ。





2011年9月21日水曜日

親戚からの連絡

ゆみちゃんが死んだ。

肺に水がたまった。

8月までは結構元気だったのに。

9月になって10日頃肝臓にまわって黄疸になった。

9月18,19日が告別式だった。

関東での告別式。帰りは新幹線。

エスカレーターで自分も転んで怪我をした。



母は今玉水会病院に入院中。

ゆみちゃんのことは伝えます。

また、連絡します。

2011年9月14日水曜日

姉から

ケアマネとしてのスタンスを間違えていた。
ホッとした自分がいるとのこと。