2011年9月25日日曜日

末期がんケアマニュアル目次

末期がんケアマニュアル目次:

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姉へ

母からの感謝のメッセージを伝えた。

日替わりだから・・・・意外に冷静な反応だった。


それは僕自身が、この二月感じたこと、その場の発言は次の日かわっているかもしれない。

姉からは、僕の腰の心配をしてくれていた。

そして腰が悪いようであれば、ひとみが連れてくると・・。


姉の心のなかでは、連れてくる方針のようだ。


先生方との飲み会を語った。

皆が抗癌剤治療には反対。特に高齢者では延命したという実績はない。抗癌剤は毒。苦しみがあるので、高齢者への負担は大きい。でも、最終的には個人の差でもあるようだ。

今後は復水の処理が問題になる。
患者が苦しいが、タンパク質などの栄養素も入っているので、簡単に抜くわけにもいかない。だが、患者にとってはかなりの苦痛だ。

抜くまで、その苦痛のあえぎにずっと付き合わなければならない。心がまいっていしまう。


だから、直感的に、だいすけ君をそれにさらすのはよくないと考えた。


僕と住むと伝えた。僕は夜遅くしか帰らない。だから、その患者との苦しみに直面するのはごく限られた時間だ。


みどりからは、入れる病院をさいたまに限らず、こちらのほうも含めて探すんだといってた。

確かに母は、今在宅で生きていく気持ちは無い。病院を望んでいる。
入院させてくれない昨今の事情を考えると非常にチャンスは乏しいように見える。

一応新座志木中央創業病院はみつけてあるのだが・・・。


どのような病院なのか把握していていない。また、方言で日中煩わしい思いをしないか心配だ。また、現実そこまでいけるのは、週末のみ。


ひとみに連絡した。
みどりはつれてくるつもりで話、豊田さんにもその手配をお願いしているはずだという。


豊田さんは、在宅介護を推進する人としての意見を言う。一方、ぼくらは、確かに人としてできればいい最大限のことしかできない。

受け入れがうまく行かなかった場合の心配もある。

なにか、みどりと豊田さんは共鳴している。

一方、みどりは、豊田さんと玉翠会内部の看護師の間の溝にも気づいている。

















2011年9月24日土曜日

母から

みどりがこないと苦情。


みどりは昨日の朝帰ったよと伝える。


心配していたといったのに、そのあとでは、今回来てくれたことに感謝しているといっていた。わざわざ来てくれてありがたいと。そして、とくにゆうちゃんをつれてきたことについて、これは、みどりにしかできないといっていた。

伝えて欲しいということだった。


ここのところ、生きる意欲がでてきているとのことだった。もう自分は1月の命だと思って過ごしてきたということだった。でも、ここでいきるいよくがでてきているという。

送ったきのこサプリは飲んでいるかときいた。

しいたけものは気に入ったらしい。毎日一袋飲んでいる。アガリクスは吐き気がしたのであまり飲んでいないようだ。ま、2-3日に1本くらいですすめている。

なにが効を奏したかわからないが、考えられるのは、姉が帰ったこと、佑ちゃんとあったこと、きのこサプリ、花、電話での応答、玉水会病院・・・などか?


抗癌剤治療はもういいか?との問には、その苦しさをかなりはっきりわかっているようだった。吐き気、食欲不振など・・・・。


先日の先生方との話は説明した。やはり苦しいらしい。

一方で、入院しながら試すということには、少し関心もあるようだ。

こちらに来ることについては、入院が前提だということのようだ。





2011年9月21日水曜日

親戚からの連絡

ゆみちゃんが死んだ。

肺に水がたまった。

8月までは結構元気だったのに。

9月になって10日頃肝臓にまわって黄疸になった。

9月18,19日が告別式だった。

関東での告別式。帰りは新幹線。

エスカレーターで自分も転んで怪我をした。



母は今玉水会病院に入院中。

ゆみちゃんのことは伝えます。

また、連絡します。

2011年9月14日水曜日

姉から

ケアマネとしてのスタンスを間違えていた。
ホッとした自分がいるとのこと。

聖路加病院の電話窓口

末期がんと診断され、聖路加病院での相談を検討中。

患者は85歳の高齢者。二年前にスキルス性胃がんで胃を全摘。今回、腹膜播種を発症。現在むくみがひどく腹水がたまり始めている。利尿剤で(ラシックス)だいぶむくみがとれた状態。
市立病院というがん拠点病院で治療を行っている。
緩和の方針での治療だが、積極的な治療ができないか相談。

なお、緩和治療であれば鹿児島で過ごしたい。


相談窓口は以下の通り。
85歳という高齢者であり勧めない。
治療している病院もがん拠点病院ということで、マニュアルに即した治療をしていると考えられる。
もう少し大きな病院で相談してみるのはテかもしれない。
なお、緩和病院は、緩和外来から緩和入院へ一貫したほうがいい。

鹿児島の病院から

とよさんから電話。

S病院から電話あり、1月かからずに受け入れられるだろうという見通しの連絡を受けた結果、G病院でそれまであずかるという内容だった。別の病院に移って、患者を転院させ続けるのは患者にとってストレスがたまるため。


そのほうが安心ですと伝えた。



姉の帰省報告

10日から12日まで帰省してくれた。

10日9:40分前の飛行機の前に、あって以下の予定の消化を検討してほしいと伝える。

赤は実施状況



【10日(土曜日)】
--11:30--に着いたらバスで鹿児島の天文館まで直行。できるだで迅速に。(外園099-248-7029 へ見学の予約を取る)

--12:40--天文館からソレイユ船津まで(歩いてもタクシーでも)。(途中30分食事として歩いて10分で13:20。見学20分で13:40。タクシーで玉水会へ15分)(南国タクシー 0120-226151

(外園さんと面談。下記に数件末期がん患者をみとったことがあるとのこと。ケアマネはいない。ほうもんしんりょうは近くにあぜち病院?)

--13:55--玉水会へ  14:00から主治医面談。
  • 玉水会で先生の話(病状、今後、余命など)を聞いて、携帯電話で連絡ください。
  • 話の内容の荷が重ければ、携帯電話を渡して私と話させる。
  • (会社にいるの03-54398535へ書面のFAXはできるかな?。会社の人に知れたくないので、その時間にできなければFAXしない。)
--14:30--母さんとあって、以下お願い

  • ユンケルとアガリクスドリンク(アガリクスはがんに良いというキノコ。高価。ホクトという大会社の製品で安心。)を渡す。
  • カレンダーでこれからのみどりと敏朗の帰省予定を解説(9/19-22みどり、9/29-10/2と10/7-10/10敏朗、その後10月はみどりとひとみとで毎週末調整、敏朗は試験のため11月に帰る)。カレンダーは壁にかける。(看護婦にも相談)
  • 9月末には玉水会病院は出なければならないが、以下の選択肢有ると説明。(必要ならこちらにも電話を)
    • 退院後すぐに相良病院へ(ただし、混んでて入れないケースは、どこか別の病院で中継。相良病院への待ち時間という前提で一般病院を探してもらうが、見つからない場合、遠いところの療養病床になるおそれもあ・・・相当弱っている場合はこれでいく。
    • ソレイユへ行って、在宅療養しその後相良病院・・・元気があれば。ソレイユは相良病院に近い。(基本は在宅看護。看護の行き届かない療養病床よりは良いかもしれないが、本人の好みにもよる。もちろん週末は、家族は東京から鹿児島に帰る。)
    • 東京へ(移動の元気と空席があれば。今回決定すれば21日水曜日頃移動し、22日に埼玉病院診察。) ...在宅看護。落ち着く前2-3週間は環境の変化に対する我慢と忍耐が必要。

(医師とは15:30から面談。比較的安定している。肝臓が悪い。腎臓の一つがわるいがもうひとつは正常。高齢者にありがちな心臓の弁機能に低下。余命1年くらい。)
(母さんは病院にいることを希望。安心のため。このときは相良病院へ行くといっていた)


**鹿児島で過ごす場合の懸案。

  • 子供たちは週末にしか帰れない。それでもかなりの日数をカバーできる。(カレンダーで説明)
  • 10月までは週末中心だが、11月以降は誰かが帰るか調整(敏朗は試験の大半が終わり余裕あり。みどりにも相談。)

  • ただし、帰ったとしても、いきなり在宅看護をすることは考えにくいだろう。特殊な看護でまた地域性になじんでいないため。精神的にも負担が大きい。ホスピス、ソレイユの利用を併用だと、経済負担が大きい。
  • ソレイユなど在宅系を利用する場合、今回、介護認定の区分変更を申請をしておく必要がある。病状が悪化しており、人間関係にうっとうしくなってきているので、医師、看護、介護、施設管理人、ケアマネ、市立病院などの連携を本人がとることは考えにくい。
  • 相良病院に直接入院する場合、長期化による経済負担を考慮して(差額ベッド3000台円以下の個室で待ちたい。もちろん緊急度優先だが。)

**東京で過ごす場合の懸案。
  • 移動に関する体力的な問題。
  • 本人の忍耐。(2-3週間はバタバタする。在宅看護体制確立などのため。)
  • 現在埼玉病院初診済みなので当面の診療相談は確保。埼玉病院以外にかかる場合、鹿児島で紹介状を発行してもらっていくこと。拠点病院を決めた後、往診の病院、入院の病院を探していく。(候補は添付資料)
  • 基本は、在宅看護の時期があるので、今回入院中に介護認定の区分変更を申請。
  • 末期がん患者を受け入れてくれる病院は非常に少ないので、みつかったらラッキー程度。基本は在宅看護で考えておく。

**東京で過ごす鹿児島で過ごす場合の経済的負担。そうかわらないかも?鹿児島は様々なコストが安いが、家族が帰る交通費がかかる。


【11日(日曜日)】
  • 顔を出してみて、本人から何か要望があれば対応してください。自分の所要を中心に活動してください。
(母さんは病院にいることそれがダメな場合ソレイユを希望。なお、相良病院は何もしない病院だから自分は、月曜日身は行かないとのこと。)


【12日(月曜日)】
--9:00-- 玉水会地域連携 豊田さん。
  • こちらが選択したい手段について、率直に説明する。(そのために、土日の母の意向の汲み取りが大事。)
  • 鹿児島ならば、最終点は相良病院以外にない。そこまでをどうつなぐか?(市立病院は常に医療の中心にあることに留意。)
  • 11:00からの相良病院の受け入れの状況を見て、ホスピスと玉水会病院の間の病院を探すつもりだと豊田さんはいっていた。
    • 一般病床 相良病院までのつなぎとして限定的に受け入れてくれる病院があるかも。
    • 療養病床 近場では難しいので遠方で。また、看護師が少ないために、看護が行き届かない。
  • 豊田さんは、相談の過程で僕の感情を投射してしまっているので、母さんに誰かついているほうがいいという話をするかもしれない。気を悪くしないように。
    • *ソレイユ 基本は在宅。ケアマネと、施設の人、訪問看護、往診と週末だけ帰る家族とのチームワーク。市立病院や玉水会、相良病院との連携は常に維持するよう心掛ける必要あり。
(老健への受け入れは不可。ガン末期患者はダメ。相良病院への患者受け入れ状況を見て、別の病院への転院を検討。)

11:00 相良病院へ(3000円台以下の個室または大部屋で交渉。もちろん緊急度優先だが)母さんも一緒の方がもちろんいいが、家族だけでも相談にいけるか前もって電話してみて。病院には車いすがあるので、それを準備して母さんにはのってもらう。


東京へ連れて行きたいと思えば、市立病院に電話して、紹介状を用意してもらい、タクシーで市立病院へいって、紹介状を受け取ってから東京へいくこと。この場面も母さんが必要なら、タクシーを利用して。病院には車いすがあるので、それを準備して母さんにはのってもらう。(東京に連れて行くのは、みどりの帰った時でもいいが、埼玉病院以外を受信する場合は、市立病院の紹介状を前もって入手しておきたい。)


(相良病院は、受け入れ了解。調整して豊田さんに連絡。余命は3か月。肝臓の痛みが激しい。)
(母さんは、同じ緩和治療なら、鹿児島を希望)


帰ってきてから、相良病院の医療カードを受領。

2011年9月11日日曜日

瞳からの報告

ほかぞのさん
往診の先生と連携をとって、進めている。
ケアマネはいないので、?会の人がやる。米沢病院が慣れていればそれでもいい。
末期がん患者は数名見てきた。
介護費用と医療費用の両方がかかる。


母の模様。玉水会にいたい。でも、急性期病院だから無理。今後も病院に行きたい模様だが、病院の性質が異なるので、母はこの看護が受けられるという事ではない。


母の状態
腎臓片方ダメ片方OK
肝機能が衰えているが黄疸がおこってから。
心臓の弁の状況が悪い。

現在の状況は安定的。

余命1年。

2011年8月21日日曜日

母より電話。

「鹿児島に居ようと思う。よく考えた。今の足のむくみはもうちがっている。先生ももう歩けなくなるといっていた。だから、東京に行くなら早い方がいいといっていた。」

「米沢病院にいれば、ケアマネージャーもいる。誰か知っている人もいる。そこで入院介護できると子供たちに負担がかからない。」

「わかった。予定通り、木曜日に帰るからその時ゆっくりはなそう。みどりが帰れるといっていたが。」

「入院してから考えよう。また見えてくるものがある。この件に関してはあなたがしきりなさい。」

姉に報告。
 
子供まで動かそうと考えていたのに肩透かしをくらって、納得いかない雰囲気が伝わるが、どう動かしようもないことも理解しているようだ。

あまり、過大に頼りすぎると、難しい。

大きな仕組みを作りづらい。

あるがままの、自然な形を利用していくしかない。



中心になるのは病院だ。


下の姉に報告した。
「米沢には緩和ケアはあるの?」

「ない。一般病棟だ。差額ベッドといってもそう大きな金にはならない。」



「まだ決まったわけではない」
「今日はむくみがとれてだいぶ楽だったらしい。」

「むくみが取れて楽になったら、昨日のことを振り回してごめんといっていた」

「本人はわかっているのね」


「なにかできるのかな」

「予定がくめない。だから、あなたたちの状態を常に把握して、お願いできることをお願いするしかない。」
「わかったは28日の夜は泊める可能性があるということね」






株主優待券を遠隔で利用する場合

株主優待券の所持者と利用者が異なる場合で、その二人が遠くに離れているようなケースがある。

その時には、前もって旅行代理店で株主優待券と引き換えに航空券を購入して、利用者に送付すればよいのだが、送る分だけ、時間もかかれば送料もかかる。

以下のような方法で利用する方法があるので、覚えておこう。



株主優待券を使って、旅行代理店で航空券を購入する。

確認番号と予約番号が記載されているので、その番号を利用者に知らせる。

利用者は、空港のカウンターでその番号を告げて航空券を発行してもらう。(または、発券機でもその番号を入力すれば可能)


シスプラチン - Google 検索

シスプラチン - Google 検索

2011年8月19日金曜日

先生にお話をお伺いすることができました。ありがとうございました。本日はご挨拶に伺わず申し訳なかったです。

いえ・・・・よかった。


好感を感じる。

先生とは、緩和と抗がん剤治療の話をしましたが、緩和を支持されているとのことでした。今後緩和の方向で話が進むだろうと思います。

2週間ごとに外来で来るようなイメージのことをおっしゃっていた。

が、病状が進むと吐血したり、嘔吐したりという病状がでてくる。日中は、みんな仕事をしているので、その面倒を見ることはできない。

訪問看護などをとりいれることで、いくらかの時間帯はカバーできるのではないか。

私立の病院にはいることなどを進めていたが・・・・。

先生がそのようなことをいっていたか・・・。

そんな感じの話だ。こちらもはじめてのことを会話しているので、勘違いがあるかもしれない。


新座志木市立中央病院にいくことは考えられる。


できれば、和光市でお願いしたいと考えている。

次こられる時は声をおかけください。


また、先生との予約は、外来の予約窓口を通じて行ってください。


2011年8月17日水曜日

まず、治療の可能性について知りたい。

親は86歳で、胃がんの手術後、一時は歩行困難で28kgまでになったが、32kegくらいまでもどり(38kg)っていた。歩行は困難。ショッピングカートがあるとなんとかあるけるが、杖では難しい。

緩和と抗がん剤治療の療法の可能性があるが、高齢、体力面から緩和治療方針との説明を受けた。

本人は、可能性を求めたいという気持ちも強いが、抗がん剤治療の怖さも知っていて、きめきれない。家族も同様。

今後、鹿児島での治療と関東での治療双方を検討中。
来週末に親と一緒に関東に来るつもりでる。

埼玉で治療する場合、姉がすでに在住しているが、母の住まいについては複数案ある。
私が一緒に暮らす案(借りるか買うか)、高専賃住宅に住まわせるか?、病院に入院させるか?


個人的には、初めてなのでどれほどのことができるか、わからない。
認知症になったら、自分のこともわからなくなるのだろうと思うと、いっそのこと、高専賃住宅に住まわせるという手も考えているが、地域の人でないということからより踏み込んだ環境には入れないときいている。

鹿児島でとなると、緩和治療だが、だれかがもどらなければならないのは間違いないだろう。


本人は東京にくることに乗り気になっている。



http://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/fTopPage?OpenForm#02

で調べてみる。

姉のいる地域は・・・


埼玉病院
杏林
武蔵野赤十字。


ネットに書いてあることをみると、指導的立場にある国立病院が総合的だ。各種医療技術もそうだが、今回、説明をうけた緩和という話が出ている。



電話をかけてみることにした。


2年前にスキル巣性胃癌を発症し、胃の全摘手術を行った。このたび、がん性腹膜炎の診断を受けて、余命宣告をうけた。先生は、高齢者であることと体力からみて、抗がん剤治療は難しいと考えて緩和の方針でいるといわれた。家族は副作用の説明をうけて、納得できないわけでもないが、当人は生きることへの執着もある。
いずれにせよ、子供たちが関東なので、こちらに呼ぶことを考えている。


基本的に救急病院。
必要があれば、治療を病院で行うが、外来。

緩和も外来。在宅医療が中心。

緩和入院はホスピスを紹介する。
豊島、清瀬など。



家族で和光市に住んで、親をみていくつもりだ。



今後は、家族だけで来てセカンドオピニオンを聞くケースもあれば、本人が来て初診で考えていくケースもある。

相談するのであれば、副院長に相談する。




へーベルの賃貸の内容は、一般的なマンションに加えて、ボタン式による緊急通報、そして、隣にあるクリニックで週1回の入居者と看護師等のよりあいがあり、相談ができる。それ以外にはとくにないので、健常者中心という形だ。

入居のための条件としては、敷金2か月礼金5か月、仲介手数料1か月、前納家賃として入る時期の月割り分含めて1.5か月とすれば、9.5か月。

家賃は1LDKで11.1万円、+管理費1.9万円。なので、入居のために100万円かけて、なおかつこれだけの負担。


高齢者は、保証をたてにくいので、不動産を借りにくい。そこに目をつけて、補助金をえながらやっている事業らしい。


へーベルなのでハードのものはいい。手すりなどがしっかりついているし、また、風呂が広いなど。




高齢者住宅情報 鹿児島県

高齢者住宅情報 鹿児島県

7月22日、歩行困難となって、鹿児島市立病院委入院。

原因は閉鎖孔ヘルニア。但し、救急車で運ばれ、病院に来た時点では、既に、解除されていた。現在の段階では手当の必要なしと判断。そのため27日退院。


入院時各種検査を実施。

CT検査で腹水が確認され、それを検査した結果、腺癌細胞(胃がんの時と同じもの)を検出。癌性腹膜炎による腹水と判明。


最近、便が細いと訴えており、直腸狭窄が起こっていることがわかっていたが、転移の可能性もあると考えている。


なお血液検査では癌の反応はでてなかったため発見できなかった。また、直腸の表面からはがん細胞は発見されなかった。


抗がん剤の治療は副作用が大きく、体力年齢などから難しいと考える。



今後は緩和(疼痛コントロール、点滴管理など)をおこなう方針。

腹水がたまることがあるが、それが、たまって食事ができなくなるくらいになったら抜く程度の介護。


現在は、足のむくみを訴えている。腰までむくんできたと言っている。食が細っているという。

本日、鹿児島市立病院にいっている。

2011年8月16日火曜日

癌性腹膜炎

癌性腹膜炎
今朝はケアマネに電話してみる。
介護認定の変更申請をしたのに、調査に来たという連絡がないからだ。

調べてもらうと、当人と連絡できないことが原因らしい。


そういえば、ここ数日の連絡で、足のむくみが多くなり、歩けなくなりつつあると連絡があった。また、電話がうっとおしいらしい。

調査員と私の間で調整すると連絡。

調査員から電話がかかってきて、明日9:00にキャンセルがでているので調整可能か問い合わせてきた。

いったん切って、母に電話。

つかれていたらしく、いらだたしげだ。


ここのところ心の余裕がなくなっている。

足のむくみがひどくなり、また、食事があまりすすまない。ここのところ便が細くなっているという症状を訴えているが、今日は便の出も悪いとのことだった。あなたはどういう状態になっているかわからないんだ・・・・と非難する。

病状の悪化を訴える。

明日9:00にと連絡をいれると、朝は大変だ・・・・など一連の反発をしながらも、熟考している。
一応OKをとった。


調査員に連絡。9:00でOK。ただし、本人の病状は悪化しているということと、朝の便の時間帯で、時間がかかることがあると伝えた。調査員は、駐車場を心配していた。実家は国道沿いで交通が激しい。うちには月極め駐車場がある。生計を立てるために苦肉の策で運営しているものだが、駐車スペースの前に若干の空地がある。そこに短時間なら止められるだろう。出入りを阻害するので、駐車している人たちの出入りをさまたげないように気をつかってほしい、と伝えた。



昼からケアマネに連絡。一連の内容を伝える。

要支援の状態で、訪問看護や介護は受けられるかと問い合わせたところ、介護保険外で受けられるということだった。料金は事業者によるとのことで、今介護保険でお世話になっているところの紹介を受けた。電話するようにしてくれるらしい。

ケアマネも母に電話してくれるとのこと。いくらか注意事項を伝えた。
病状は悪化していて、
本人は動かないといけないと思っていて、調子がいい時には歩くのだが、確実に歩けなくなっている。足のむくみがひどいらしい。


ヘルパー事業所の内村様から連絡があった。病院への付き添いについての連絡。時間750円だという。病院の付き添いに数時間いたとすると数千円。

oooop

昼に母とした会話が気になる。


外来看護師宮野様。

起こっている症状を伝えた。診察を受けたいと・・・。

キミエ様は、関東の子供たちのところで過ごしたいとご希望を出されて、紹介状ももたせたが・・・。

埼玉病院にとりあえず家族の相談でいくことにしている。が、これからの見通しを立てない限りには、動かすわけにはいかない。それには少し時間がかかる。今調査をしている。

状況がわかったようだった。

また、中村先生から受けた話の中に、腹水が今後もたまるだろうが、体に大事な成分も含まれているので簡単には抜けない。食事できないほどにたまったら、一度抜くくらいの感じになるだろうと説明を受けたが、まさにそのタイミングではないか・・・・。

木曜日に中村先生が来るという。だからその日に外来でくるといいのでは・・・・
。もし、救急を要すなら、その前でもいい。食が細り、もう水も飲めないか?

液体は大丈夫だ。栄養剤を飲んでいるから結構元気。本人に連絡とれれば、明後日、中村先生とお話しできる方がいいと思う。本人の了解を得てあらためて電話します。



本人となかなか連絡取れない。

5時半ようやく連絡とれた。

木曜日の午前中に・・・看護師におよその症状は伝えているから・・・。

病院に行く時は、いつも、朝九時前にいって数時間まってようやく診察という。予約ができられば、より負担も減るはずだ・・・・。予約できるか確認してみようと伝えた。



病院に電話した。宮野さんに連絡、木曜日の診療の展開になった。が、予約はだめらしい。
本人に救急の用があれば、対応するとの話だった。



ま、いくつか進展した。

明日は介護保険の調査員の調査。

明後日は、診察。


ちょうど、埼玉病院の家族相談の日と重複する。